先週金曜日に、”丸か”の前身?というか”丸か”の元でもある”タスコシステムの高田社長”に9年ぶりに会いました。一言で言うと、な~んにも変わってない!!(笑) 現”丸か”メンバーでは”細B”、”経田チーフ”、”中川”、”瀬口”が”タスコ時代”にも”高田社長”と一緒に働いておりました。(そう考えると、18年前の”丸か”創業時から見ると“タスコ出身”は四分の一になってますね)”てまひま”で会う約束をして”瀬口”も1時間ほど同席して中々面白い話をしました。まぁ、個人情報厳守のあたくしとしてはここでは書きませんけどね。(よく言うわ!!)
21歳で”タスコ”へ入り本格的に飲食業の世界へ。あたくしが入った時は新店舗をサンスリービルの6階で「オペラ」とその隣のプレイタウン藤井ビル4階で「バー・タンゴ」と2店舗同時オープンで「先輩もいなく新人ばかりなので気軽に働けるだろうと」安易な考えで面接に来ました。(笑) しか~し、最初の面接では「あいつダメなら三日で辞めさせろ」と、オープンまじかの「オペラ」のカウンターに座っていた社長に言われていました。でも、捨てる(捨てそうな)神があれば拾う神ありと申しまして、当時の”山田常務”が「では、姉妹店の”ラップ”という店で働いてくれる?」と。(自分が店長の”オペラ”じゃないんかい!!)
そんな始まりから数々の店のオープンや事業展開、株式公開などを経験させてもらい、2004年3月末で16年間お世話になった”タスコ”を辞め”(有)丸か加藤商店”を創業して18年になりました。不思議なもんですね、”丸か”で18年になり”タスコ時代”よりも多く年月が経っているのに、なぜか“タスコ時代”の方が長く感じます。また、久しぶりに“高田社長”に会いましたが自然にスッとあの時に戻れます。それだけ、あの16年間が濃密であたくしの人生が凝縮されていたんでしょうね。こんな話があります、真意のほどは不明ですが『ある日、ピカソがマーケットを歩いていると、手に一枚の紙を持った見知らぬ女性がこう話しかけてきたそうです。「ピカソさん、私あなたの大ファンなんです。この紙に一つ絵を描いてくれませんか?」ピカソは彼女に微笑み、たった30秒ほどで小さいながらも美しい絵を描きました。そして、彼女へと手渡しこう続けます。「この絵の価格は、100万ドルです」女性は驚きました。「ピカソさん、だってこの絵を描くのにたったの『30秒』しかかかっていないのですよ?」ピカソは笑います。「30年と30秒ですよ」』ここまで。30秒で描いた絵は”ピカソ”のそれまでの30年描き続けた凝縮された年月があるから貴重なんですよ。という意味なんですね。そう、あたくしは“丸か”としての18年はそれまでの16年間の凝縮された貴重な年月があったからなんですね。しかも、それは決してお金では得難いものでもあると。。。。。
追記 ”タスコ時代”から、そして”丸か”になって付いてきてくれた仲間と今現在一緒に働いてる仲間のためにもあたくしの一生があるんだと思います。
あっ、もちのろんで何時も支えてくれてるお客さんや業者さんやメーカーさんのためにも”丸か”はあります。(笑)
”高田社長”、良くも悪くも俺たちは変わってませんよ。(歳を取ったけど)そろそろ一周回って来たんですかね?(笑) 待ってますよ。