ワオ!今日から12月じゃないの、ないの、ないのー!!では、無駄に気合を入れて行きますよ!!(迷惑よな)では、本題に挿入じゃなく突入します!!(コラッ!)
そうなんです、本日のテーマは「丸かの今夜もひとりバックドロップ!!」で昭和・平成の忘れもの「年末に追われた仕事・予定」なので、あたくし自身「あったかな~」と思い返して見ました。まず、建設業の時は「ありません!!」そもそも冬はあまり仕事がなかったし、レール班のあたくしの職場は本州(主に青森)でしたが年末だからと言って特別追われるとかはなかったんですよね。
次に、飲食業ですが12月は一年で一番の繁忙期なので早ければ第二週の週末から忙しいし、第三週になると平日でも予約も入って来て、クリスマス、第四週はもはやカオス、第五週まである時は仕事納めや既に正月休みで本州からの帰省客が個人や友人たちと来てグループや団体ではなく2,3名客(カルト客)で満席になり「上海月(シャンハイムーン)」の”細B”が大声で叫びまくって血圧が爆上がり状態でしたね。
まぁ、予約、フリー、入れ替え、電話でてんやわんやなんですが、butしかし「そのてんやわんやが面白い」んですね。確かに、その時は皆の目が千葉真一(血走ってる)なので、怒声や時には悲鳴、そして奇声までも飛び交い、殺気から殺伐とした空気にもなるけれど、その嵐が過ぎると「なんであんなに怒ってたんだ?」と。(笑) キッチンは淡々と大量の仕込み。(笑) でも、今にして思えば100名以上のお客さん達が満席、入れ替え、また満席と戦場のような現場は楽しかったですね~。
”細B”が悲鳴にも奇声にも似た怒声で、”真紀”が自分のテリトリーの円卓を仕切り、”祥子”が縦横無尽に店内とキッチンを行き来し、”中川”が何だかよくわかんないチョッキにYシャツにネクタイなんぞで今とは想像もつかないほど爽やかに働き(酒癖は最悪でしたが)、”瀬口”もルーム(個室)に大皿料理を運び、”横山と保(たもつ)”がフリーと宴会のドリンクをカウンターのお客さんを接客しながらバンバン作り、キッチンの”ツネチー”は黙々と鍋を振り、麺飯(めんはん)担当の”細谷”はまるでマシーンのように無言で300食ほどをこなし、隣の「暖中」の”正也”(”中川”の酒癖悪さの師匠です)が訳の分からん”怒声”でキッチンの人間から嫌われてと。(笑)
あ~あ、懐かしくも思い出しただけで充実した頃でした。。。。。
追記 あんなような年末を送ると個人の技術が上がり成長もし、またチーム力も上がり強い店になりました。
そう、たった数年でしたがそんな時期があったからこそ、今でも色々とあるけど信頼・信用があるんですね。あれが、スムーズに行ってたり、暇な店だったら今もこうして一緒には居なかったと思います。。。。。
「まるふじ」のひなっぴー(誰だよ)が辞めるにあたり、わざわざ持って来てくれました。本当はもっとありましたが、気がつけば・・・・・。お疲れさま、つーか、きっとまた「まるふじ」や「欽ちゃん支店」のカウンターで”おっさん化”して飲んだくれてるけどね。(笑)