晩秋と友

あれは忘れもしない、高校二年生の時に電気科の”伊田”が

木枯らしの舞い散る秋に身体を丸めてトボトボと帰って行ったのを授業中の

教室の窓から見ていました。

”伊田”は赤平から芦別工業へ通っていまして、中学も工業での科も

違いますが、気が合ったのでよく話をしていました。しかし、ご多分に

漏れず赤平も炭鉱町で、またわざわざ隣町から芦別工業へ来るくらいなので、

まぁまぁなやんちゃな奴でして・・・・・。

では、なぜ?授業中にもかかわらず木枯らしの舞い散る通学路を身体を丸めて

トボトボと帰って行ったかと言うと、その少し前に教室でタバコを吸っていて

見つかってしまい停学になったからです。もちろん”伊田”は今回の停学は

初めてではなく、過去に何度も停学なっております。ただの停学ならば二週間ほど

自宅謹慎をし課題をすれば元のように楽しい学校生活が待っているのですが、

今回ばかりはどうにもこうにも単位が足りなく、「オレ、今回停学になったら単位が

足りないから留年か退学だわ。」とこぼしていたので、担任の優しい”宮崎先生”でも

学業?復帰は難しいかと・・・・・。

もちろん、私たちも大切な仲間である友だちが退学になるのはとても残念です。

しかし、事ここに至っては見守るしかありません。で、午後の授業中に窓の外を

見ると”伊田”がトボトボと歩いていたんです。

あれから36年になりますが、この季節になると何時もあの”伊田”の身体を丸めて

トボトボと歩いて帰る光景が思い出されるのです。。。。。

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