あたくしの小中学生の頃の放課後の必須アイテムは
”自転車(後にチャリンコと呼ばれる)”でした。
特に小学生にとって「自転車を買ってもらう!」なんて
言うのは、それはそれはテンション上がりまくりで、クリスマス
のおもちゃを買ってもらう時のようなハイテンションです!
あたくしが最初に買ってもらったのは、幼稚園の時に
”ピノキオ”という自転車を買ってもらい、小学3年生になる
頃には「小3でピノキオじゃ可愛そうだ」と思ったのか?どうかは
定かではありませんが少し大人の自転車になりました。
(手元での4段切り替え式)
この自転車の想い出は、夕飯を食べ終わり何故か無性に
自転車に乗りたくなり、当てもなく通学路でもある”二条通り”
を元気よくこいでいると、パンツ一丁だったことに気づき慌てて
家に引き返したことです。(しかも前が黄色くなってるパンツ)
で、確か小学生の高学年か中1の時に”スーパーカーライト付き”
の5段切り替えの自転車を買ってもらいました。
こんな感じ↓
今から思えば5段切り替えなんてあまり意味がなかったの
ですが、その当時の子供達の間では沢山の切り替えや
スーパーカーのようにライトが普段は隠しているけど、いざ、
付ける時になるとライトが出てくる!というのが流行りました。
切り替えが股の所で”ガシャ、ガッシャ”とやるのがとても
優越感を感じ得意げになったりと。
手元で操作して自動でライトを出すのもありましたが、あたくしのは
ライトを上に出す時には、わざわざ前かがみになって手動で
行なうので、運動神経に難のあるあたくしは時々平衡感覚を
失い、「ヤーベッ!ドラゴン危機一髪!」などと独り言を言って
照れ隠しをするのでした。
”中の丘”という隣の町から引っ越してきた”キーちゃん”が
”モトバイ”という、サスペンションがありデコボコ道もフワフワと
クッションが効いていて快適な格好いいバイク型自転車を乗っており、
二人でよく放課後に遊んだものです。
部活が終わった土曜日や日曜日はあたくしたちのホームグランド
からアウェイの隣町の芦別まで行き、時にポケットの中を膨らませて
帰路に着くのでした・・・・・。(時効です)
さすがに色気がついてきた中3になると、自転車はどうでもよく
なり、家にあった”ママチャリ”で済ませていましたけどね。
でも、自転車ってどうしてあんなにワクワクしたんでしょうかね?
いや、きっと大人になっても自転車は”夢”のある乗り物です。
でも、な~んにも考えないで”自転車”をこぎまくっていた
日が懐かしいし、なんて楽しかったんだろう。。。。。
よく、西芦別商店街の”葛西商店”で仲間たちとジュースを買って、意味もなく
”自転車”にまたがりラッパ飲みして”ゲップ”の大きさを競い、馬鹿みたいにゲラゲラと
笑い合っていた記憶が段々と薄くなって来ているかな・・・・・。