あたくしの友人で”むら(村上)”というのがいたんですが、
いたんですがというと何やら意味深ですが、単に高校が
別々になってから一度くらいしか会っていないだけですが。
不思議な物ですね、小学5年生から中学卒業まで
結構仲が良かったんですけどね、これも思春期の
なせる業でしょうか・・・・・。
あたくしと”むら”とは性格的にも家庭環境も親の
教育方針も異なっていました。
”むら”はそこそこ勉強が出来て、ふざけることはあっても
悪さなんていうのはしない奴で、ましてやあたくしのように
小学2年生でエロ本を見てそのエロ本で思いっきり”おふくろ”に
顔面をぶん殴られたり、小3で兄貴とタバコをいたずらして
この時は兄貴が”おふくろ”にぶん殴られていましたが、そのような
いたずらなんかをするような人間ではありません。
では、どうしてそんなあたくしめと”むら”が友達になったのか?
ぶっちゃけ憶えてません。(憶えてネーのかい!?)
しかし、いつの間にかつるんでいました。
だからなのか、たまに”むら”の家に迎に行くと”むら”のお母さんは
あたくしの顔を見ると心なしか嫌な顔をしておりましたけど、何か?
一度、芦別へ2人で室内の釣堀へ行きましたら
中々連れなくてとうとう最後はバス賃しかなく、あたくしはと言うと
「そのバス賃でも使い込んで釣ってやろう!」と意気込んでいましたが、
”むら”は「5円でもいいから、全部使ってくるようなことはしてダメだ。」
と教えられていて、「かっちゃん、俺はやらないよ。」と。
あたくし”ショック”でした。
言われてみたらその通りで、まだ小学生がお小遣いを全て
使い込んでしまうなんて、おかしいですよね。
つくずくあたくしの家庭と”むら”の教育の違いを思い知らされた気がしました。
(まぁ、あたくしは今でも”スッカラカン”で帰ってくることもあるけどね)
小学生でこのような違いを感じたのには、感受性の豊かなあたくしと
しては”ショック”だったんですね。。。。。
中学に入り2人して剣道部に入部して、3年生の頃はあたくしが
部長で”むら”が副部長として、一年後輩の女子に竹刀で股間を
突いたりして稽古したりもしていました。(普通かい!)
実は、あたくし中学に入ると”むら”以外にもつるむ友達が出来て、
まぁ、いわゆる「類は友を呼ぶ」とでもいうのでしょうか。
ええ、そういう仲間たちです。。。。。
その仲間達は”むら”とは遊びません。って言うか相手にしてません。
ええ、そんな感じの仲間たちなのです。。。。。
あたくしの場合は思い返して見ると、高校の時にも
一見して、あたくしたち「楽しくマジメな高校生活を送ろう!」という
趣旨に賛同した仲間たちからは相手にされていないような人たちとも
意外と話をしていたんですね。(オールマイティーですね)
で、なぜ急にこのような話になったかと言うと、昨日立ち食いそばの
「ひので」でかけそばを食べていて”ふと”思い出したんですが、
そこには”共通する何か”があったんだな〜と。
あたくしと”むら”は小学6年生まで泳げなくて、炭鉱風呂で”クソじぃじぃ”
に怒られながら練習をして、その甲斐もありその年の夏休みに2人して
25メートルをクロールで泳いだんです。
嬉しかったです。かなりプールの水を飲んでしまいましたが。
で、今度は冬は冬で2人ともスキーが出来なくて、これまた2人して
一緒にスキー場へ行き、何回も転びながら練習してたんですね。
その甲斐あって滑れるようになりました!ボーゲンだけど。
きっと、2人の共通点は”運動音痴”だったんだと思います。
人間は誰でも弱点はあります。その弱点が共通していて
同じ気持ちに慣れたから、家庭環境やマジメとアホでも
お互いの気持ちを共有できて仲良くなれたんじゃないかと。
ほら、例えばバイクや釣りが趣味の人が会を作ったりしたら、
生い立ちや役職や年齢なんていうのは、共通の趣味の前では
関係ないのと一緒ですよね。
”むら”と最後に会ったのは、かれこれ20年くらい前になります。
今年は「同窓会」を予定しているのでぜひとも会いたいですね。
あっ、そういえば学校帰りにたまに、三北商事というこっちでいう
ラッキーのようなスーパーマーケットに寄るのですが、なぜか2人とも
お腹のあたりを少しふくらませて出てきた記憶がありますけど何か?
”むら”はあのような緊張感にかなり興味を持ったみたいでした。(笑)
(分かりますかね、何をしていたか?)
追伸、あたくしが無理に誘った訳ではないですからね・・・・・。