人間の関係なんて何時どうなるかなんてわからない。
それが会社と社員の関係だろうと、男女の関係だろうと
家族の関係だろうとです。
かと言って、「何時どうなるわからないから」とか
「いつ裏切られるかも知れないから」と猜疑心ばかりで
仕事は出来ないし、男女や家族の関係でもそれではいつも
過敏になって、いつもビクビクしていなきゃいけない。
いっそそれなら一人で仕事をすればいい。
あたくしなら会社を辞めて自分ひとりで焼き鳥屋でも
ホルモン屋でもやればいい。(やりたいけど)
プライベートなら煩わしい付き合いなんてしなければいい。
セックスがしたければ、お金を払えば処理してくれるし、
まぁ、フレンドだって出来なくもない。
あたくし自身も何度も何度も公私共にそのような
経験をしてきました。で、あたくしの周りにもよくそのような
経験をしている人たちが男女問わずいます。
自分自身もそうですが、他の人の話を聞いていて
確かに「それは酷いよな」という話も聞くし、自分自身も
「何でだよ」と思うこともありますが、
あたくし思うに、人間の価値というのはどれだけ屈辱や
虚しさ、挫折や逆境に直面した時に現れるのではないか?
と、思うのです。
まぁ、そんなことは”何となく”わかっているんですけどね”理屈”では。
しかし、本当にそのような場面に出くわすとそんな余裕なんて
なくなるものです、「何とかこの場を逃げたいと」。
でもね、これだけは言いたいのです。
『この先の人生で、このようなことはあと何十回も起きるし、
もっと辛い目に何度も会う。それらも含めて自分の運命であり
人生なんであって、今の内に鍛えるか慣れるしかないんだ』と。
と、最近話しをした我が友と日々その辺と葛藤している
あたくし自身に言ってみました。(お前もかい!)