ブログ

記事一覧

そんなのアリなんだ・・・・・。

先日、懐かしい元部下が来てくれましたが、あいにく会えませんでした。

で、最近、朝(午前中)散歩をすることがあり、ある会社の前を通るたびに思い出す話があります。

その元部下とあたくしは以前いた会社で一緒に働き、彼は人材採用・教育を担当して
いましたので、あたくしとは繁盛に打ち合わせをする機会もありました。

お互いに独立や違う仕事をしながらもたまに会っておりました。
彼は、セミナーとかの異業種交流会などへの参加が多く、また、人辺りが良いし、
なんて言うか面白いキャラクター的な要素を持っているので、そのような初対面の
人たちが集うセミナーや会合では色々な人とのコミュニケーションも出来やすいんですね。
因みに、あたくしはダメですね。なんで?知らない人と
名刺交換なんかするんだ?しかも、あっちこっちで。ああいうのを見ると、
非常に違和感を覚えるんですよね。

そんなこんなである日「本部長(当時の呼び名)、僕、新しい職場が決まりました!!」
「へ~、どこ?」
「はい、○×△□で・・・・・」
「そうか!頑張れよ!!」

何でも、その異業種交流会だとかで知り合い、その後何度か個人的に飲みに行ったり、
その人の繋がりの飲み会に参加している内に「うちの会社で働かないか」と。

思えば、突然”ラジカセ”を持ってきて「これから、異業種交流会で余興をさせられるんですよ!」
と言っていたので、「そのような会合なのか?」と聞くと、「いえ、僕だけですけど、
日頃から可愛がってもらっている00商会の社長さんから頼まれて。(笑)」
その時は「大変だな~」と言ってたのですが、その社長さんの会社だったんですね。

それからしばらくして、ひょっこりとやって来たので「おう!新しい仕事はどうだ!?」と聞くと、
「聞いて下さいよ~、本部長~」と、いつもの泣き笑いの情けない表情。(笑)

彼の話しでは一日でその会社を辞めたとのこと。
なんでも、会社に行った初日に「おはようございます!」と行くと、社内の全員が無視。
しかも、机もない状態。頼みの、社長さんに「僕は何をしたら良いでしょうか?」と聞くと、
社長さんも困惑している様子・・・・・。

誰からも相手にされず、まして自分を誘った社長も困惑している状態なので、
居場所のない彼は、更衣室のロッカーとロッカーの間で何時間もジーッとしていたとのこと。

詳しく話しを聞くと、と言うか「会社へ行くと全員無視」で分かりましたが、
つまり、その異業交流会とかで会った社長だかの会社は老舗の文房具やで
その社長は二代目か三代目のバカボン社長で、何の実権もないか、
「また、道楽息子が訳の分からない遊び仲間を連れて来た」程度だったんですよね。

その社長も遊びの延長で「うちに来ないか?」とは言って見たはよいけど、
いざ、本当に会社に来ることになったら人事からも周りからも反対され、
酒場の会話で(きっと、オネーちゃんかなんかの前で調子に乗ったんでしょう)、
「うちで働け!」と言った都合、どうしようもなくなってしまった。が、大方の予想。

それを聞いてあたくし大笑い。
だって、絵に描いたような話じゃないですか!(笑)
しかも、全員無視のロッカーとロッカーの間ですよ!!(爆)

あ~あ。
冗談はこの位にして、ぶっちゃけこのアホ社長は一体何を考えているんでしょうか!?
いや、考えていないからこうなるのか?

それにしてもぜいぶんと失礼な話ですよね。
いくらアホ社長がアホ過ぎたとしても、客商売をしているのならば、人事担当か
部長みたいなのが出てきて「実は・・・・・」と、事情を話して断るのなら断ればいいのにね。

でも、一番は無責任で逃げ放題のアホ社長がダメダメなんですけどね。
創業社長はそうはしません。遊びと仕事の仲間を分けますし、一切の責任を持って
雇用しますから。そもそも、何をしてもらおうと思ったんですかね、その彼に。

例えば、「ここ最近、業績が落ち込んで来たので営業を強化するので君に!」とか、
「これから会社の若返りを図るので、どうか君の人材採用や育成の経験を見込んで
道内を周って良い人材のリクルートをして鍛えてくれ!!」とかね。
もしくは「新事業を起こすので、俺の直轄部署で!!」などと。

とまぁ、ここまで書いてなんですけど、その辺(自分の役割)を明確にしないで、
余興の延長でホイホイと入った彼にも責任もありますけどね。。。。。

追記 けど、初出社で全員から無視しされ、何も仕事を与えられもせず、ロッカーとロッカー
の間で終業時間まで隠れるように居た彼は本当に不憫に思います。
その時に家族の顔が浮かんだりしたら、あたくしは涙が頬を伝うか、ブチ切れて「お前らー!!」
となるか、どっちかですね。
あたくし二面性があるので・・・・・。

”きっく、たまに飲もうな!!
ガラはカバーで。

ストレスの感じない店作り。

ストレスと言う言葉を改めて調べてみると、”生体にひずみの生じた状態の意”と書いています。
もう少し詳しい意味としては、「寒冷・外傷・精神的なショックなどによって起こる
精神的緊張や生体内の非特異的な防衛反応。また、その要因となる刺激や状況」と。

単純に言うと「なんか嫌な事」と言うことですかね。(あっさり)

実はここ最近気付いたと言うか、自分の考えを表す言葉にピッタリな表現が
見つかったのですが、それが「ストレスの感じない店」です。

そう、お店はお洒落で、料理も凝っていてそこそこ旨い、サービスも普通。
でも、なんか落ち着かない。で、時間が経過するとともに段々とイライラというか、
「もう帰りたい」となる。

実はこれって知らず知らずの内に”ストレス”を感じているんですよね。
面と向かって不快な思いをさせられた訳じゃないけど、イマイチ飽きる。

理由は、ズバリ!『人』なんですよね。
店もお洒落、料理も人にも不満は無い。
でもね、ラーメン屋さんとかのように「ラーメンを食べる!」という単体の目的ならば、
それで充分満足なのですが、飲食店って総合的な判断なんですよね。

また、1時間から2時間位はいるので、店がお洒落って目が慣れるし、料理も2、3品食べたら
楽しみも減退して行くんですよね。確かに、旬や産地にこだわっていたりして、
「おっ!次はどんな味の物が出るのかな?」という楽しみもありますけどね。
(因みに、あたくしはほとんどありません。お酒と話しに夢中になっているので)

お酒にこだわっているお店もありますが、「それって、あんたが作った訳じゃないよね?」と。

そうなれば、何が重要か?っいと言えば「人」なんですよね。
そう、「人」なんです。

店や商品がそこそこで、最終的に味を決めるのは「人間味」という味なんですよね。

だから、悪くは無いけど「ちゃんと言われた(決められた)ことはやっていますよ」くらいじゃ
物足りない、単に定型サービスという観点から見ればそれでも良いかも知れないけど、
相手は毎日、毎時間変わる「人」が相手なので、その時々に合わせた人対人の
対応がもの凄く重要になるんですね。

また、”お客さん”と言うのも名ばかりで、実は結構お店に気を使っているんですよね。
だから、「あっ、そうなんだ・・・・・」とか「本当はこうして欲しいのに・・・・・」という思いも
あるけど、言いにくいスタッフだったり、気が利かなかったり、店や人に気を使って
中々言いづらかったりと。

でもね、それでも半歩先に先手先手でやってくれると、気持ちがいいんですよね。

本当にちょっとした気づかいや声を掛けてくれるだけでなんですけどね。

それだけで”ストレス”が無くなるんですよ。
それって、そのスタッフがちゃんと考えているし、常にお客さんや一緒に働くスタッフを
見ているからなんですよね。

”ストレスの感じない店”は、気持ち良く時間を過ごせるので、会話が弾むし
ついつい飲んでしまうから、余計に楽しい気分になる。

そんな店作りをして行きます、”丸か”も・・・・・。

ファイル 2129-1.jpgおっ!いい感じのメニューですね!!
けど、読んでいるだけでストレスが・・・・・。(笑)

追記 ”満福や”が今日から六周年です!!
塩餃子がじわじわと人気です!!

”ぺリリュー島”

先頃、「天皇皇后両陛下」がパラオの”ぺリリュー島”へ慰霊へ行かれました。
パラオはドイツが第一次世界大戦に負けて「パリ講和会議」によって、
日本の委任統治領になりました。1919年のことです。

それまで欧米の植民地政策では、ほとんど奴隷扱いと搾取が中心で、下手に教育を
施すと知恵が付いて反乱されたら困るので教育をしない政策とは違い、
日本の統治では学校や病院、道路などのインフラを整備して、その土地と人を発展させて
豊かにし、日本人と変わらない教育を育んで来ました。

それは東南アジア諸国や台湾・韓国も同じなのですが、なぜか?韓国だけが
「日本人に侵略され、酷い事をされた!!」と、言っているので理解に苦しみます・・・・・。

まぁ、そんな訳でパラオでもそのように産業を育てインフラを整備し、差別なく教育を行いました。
また、それまでの白人による植民地への土人扱いとは違い、日本人の正義正しさ、
節度・道徳心・勤勉さ、他人を思いやる心などから、パラオの人から愛されたのです。

そんな平和な時代も戦争で暗雲が垂れこめます。
それがこの度「天皇皇后両陛下」が慰霊された”ぺリリュー島”になるのです。

ぺリリュー島はパラオにある島ですが、そこを舞台に日米両軍が実に73日にも巡り
死闘が繰り返された場所です。

1944年(昭和19年)9月15日から同年11月25日にかけて行われた
日本軍守備隊11,000名、対する米軍は48,740名、実に兵員だけで4倍、
その他の航空戦力や海軍などの艦砲射撃を合わせると6倍近い敵と対峙することになるのです。

当初、米軍の上陸指揮官は「こんな小さな島は、2、3日で片づく。諸君に頼みがある、
私への土産に日本軍守備隊指揮官の”サムライ・サーベル”を持って帰ってもらいたい。」
と、かなりの余裕といいますか、欧米人特有の有色人種を見下す発言をしておりました。

ところが、それまでの日本軍の突撃主体の攻撃ではなく、守備隊長の”中川州男(くにお)”
隊長は持久戦を選び、洞窟などに籠って闘う戦法で奮戦した結果、
2,3日どころか二ヶ月半にも渡って6倍近い米軍と死闘を繰り広げたのです!

「2,3日で片が付くと」豪語していた上陸指揮官は解任され
、まさに泥沼の戦いです。

しかし、多勢に無勢。
健闘むなしく、11月24日には司令部陣地の兵力や弾薬はほとんど底をつき
司令部は”玉砕”を決意し、”中川州男”隊長以下数名の将校が自決をし、
”玉砕を伝える「サクラサクラ」の電文を本土へ送った翌朝、残存兵力55名で「万歳突撃」を
敢行し、ここで組織的抵抗は終わり、11月27日ついに米軍が”ぺリリュー島”を
占領することになりました。

日本側の損害は戦死10,695名 捕虜202名 生存34名 米軍側の損害は
戦死1,794名 負傷8,010名 その他に、米兵士の中にはあまりの激戦ゆえに
気が狂った兵士が数百名・・・・・。

また、組織的な戦いは終わりましたが、洞窟を転々として戦い、なんと終戦後の
1947年4月22日に投降した34人の兵士もいました。
生存34名というのがその数です。

米軍側の”ニミッツ提督”は、あまりの日本軍の勇戦に敬意を称し、このような詩文を残しました。
「諸国から訪れる旅人達よ この島を守るために日本国人がいかに勇敢な愛国心を
もって戦い そして玉砕したかを伝えられよ 米太平洋艦隊司令長官C.W.ニミッツ」と。


遠い南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。

「あそこでみんな死んでいったんだ・・・」

沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。

太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。老人は村の若者達と
共にその作業に参加した。日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。
やがて戦況は日本に不利となり、いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。
仲間達と話し合った彼は代表数人と共に日本の守備隊長のもとを訪れた。

「自分達も一緒に戦わせて欲しい」と。それを聞くなり隊長は激高し叫んだという。
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」

日本人は仲間だと思っていたのに・・・。みせかけだったのか。裏切られた想いで、
みな悔し涙を流した・・・。船に乗って島を去る日、日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。

しかし、船が島を離れた瞬間に日本兵全員が浜に走り出てきた。そして一緒に歌った
日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。
その瞬間、彼は悟ったという。あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと・・・・・。
ファイル 2128-1.jpg今でも日本語を話す人も居ますし、日本語の挨拶が使われております。。。。。

ふぅ~、今日はダメダメだ。

昨日は、”欽ちゃん本店”の圭祐と飲みに来ました。
結論から言うと、今日はまったくダメダメです・・・・・。

4軒?ですか・・・・・。

日本酒が悪かったのか・・・・・。
因みに”圭祐”はほとんどお酒を飲めませんので、その分、あたくしが飲みました。

帰ってから、吐きました。
今日、家を出る前にも吐血しました。(赤ワイン飲んでないのに)

なので、今日は早めに帰ります。
いえ、もう帰ります。

圭祐、大丈夫だったのか?

まぁ、いいっか。
今度は、チャーハンと珍味対決ではWスコアで勝つからYO!

追記 優とケイタと四人でホッケ釣り対決な!!

この曲を、何回歌ったんだろ?

「左右の法則」?

物事を考える時には、一旦、逆に振って見るのも手なんですよね。
右の方を考えて煮詰まってしまったら、開き直って左の方へ行くことも
考えてみると、違う視点から物事が見えて来て、結果、最初の右側の
方で考えていた事が上手く行くことがありますからね。

しかも、左側からとことん考え抜いたら、いつの間にか右側に出ていた!
ってこともあります。結局、頭の中で紆余曲折して一周しちゃったんですね。

これ、「左右の法則」って名づけています。(笑)

一つの物事を突きつめてしまうあまり、全体像が見えなくなるんですね。
先日、物件を見に行ったのですが、その物件の目の前に立っても入口しか
見えないし、8階建ての8階の方はほとんど見えない。

でも、通り一つ隔てて少し離れた場所から見ると、ビルの8階まで立体的に
見えるし、その物件の全体像も見えるんですよね。
「あっ、全体的に見るとイメージじゃないな」又は「案外、イケるじゃん!」とかね。

現在、考えて(悩んで)いる所から、一旦、大きく振って見たり、
少し離れて見るのも、現状を打開する糸口になりますよ。。。。。

追記 よし!圭祐、行くぞ!!

ファイル 2126-1.jpg取り敢えず”やす”と”かも”は何ともありませんでした。
ファイル 2126-2.jpg昨日食べたら、もう1日くらいかな?って感じで、また挑戦します。
お前ら、期待してろよ!!って誰に言ってんのよ。。。。。

主張は、こんな感じでどうよ。

いよいよ地方選挙も大詰めですね。
今のところあまり盛り上がっていないような気もしますが、
興味がないのでそう思うだけでしょうか?

まぁ、週末辺りは「最後のおねだり」ではなく、「最後のお願い!」
とかで、がなり声が交差するのでしょうね。

で、今日もチラッと候補者の主張を耳にしたのですが・・・・・。
まったく、面白くも何ともないんですよね。

なんか、上っ面を撫でるような・・・・・。

もっと、現実的なことや「おや?」と興味を引くような主張は出来ないので
しょうかね?もちろん、主張だけではなく実際に取り組む覚悟を持った
行動をすることですが。

例えば、「皆さん、見て下さい、今の世の中を!いつから祖国日本は
このような薄情な国になったのでしょうか!!私が当選した暁には
弱気を助け、強気を挫き”おれおれ詐欺完全撲滅”を目指します!
文句があるんなら掛かって来い!このクズ野郎ども!あっ、これは言葉が
過ぎました、失敬。また、あまりにも世の中が住みにくくなったと思いませんか!?
そう、それは我々大人たちがコンプライアンスとか個人情報とかに縛られて、
ビビり過ぎているからです!だから、小学生のクソ生意気なガキどもが教室で
先生に向ってタメ口なんかを平気で使うのです!!

いいんです、そんなクソ生意気なガキは堂々とぶっ飛ばして!!
また、親の苦情は一切受け付けてはいけません!!これまた、言い過ぎました。

その代りに、教育者としての自覚を持ち、訳の分からない偏った教育をしないで
将来祖国を背負う子供たちのために愛国的な教育をしましょうではないですか!!
まずは「おはようございます!」「おやすみなさい!」「こんには!」「ありがとうございます!」
と、このようにシンプルですが、このような言葉を自然に出て、家で学校で街の中で
溢れ出ている状態の躾こそが愛国教育なのです!!

コラコラ!そこのおっさん!!信号無視はいかんだろ!大人がそんなんだから
子供たちに対してビシッ!と言えないんだ!!戻りなさい!!

それと、自分で言うのもなんですが、こんな古くさい道徳教育だけでは
皆さんの生活は豊かになりません!!そこで考えました!皆さんの生活を豊かに
するには、皆さん各自がそれぞれ考えて努力して下さい!!甘えるな!!!
(ここでヤジが半分、笑いが半分、拍手が3人ほど)

そこの御嬢さん、春らしいスカートが素敵ですね!
そう、私は札幌市の女性にはスカート助成金制度を始めようとも思っております。
春から夏にかけて、いえ、なんなら一年中通してスカートでもいいのです。
生足を約束してくれるのなら助成金の額を倍にしましょう!!
札幌市は「観光都市から魅力都市」を目指しているとのこと。
いいじゃないですか!札幌市は「全国一スカートを穿く女性の街」を目指そうじゃ
ないですか!年齢制限なんかケチなことはしませんので、86歳の女性もスカートを
穿こうじゃないですか!!そこのおばあさんもですよ!!!
(ここで、”きみまろ”状態で主婦やお年寄りから笑いが出る)

皆さん、どうせ口だけで誰でも言っている当り前の主張なんかで、本当に
期待なんかしてますか?本日の私の主張は不謹慎かも知れません。
いえ、ハッキリ言ってバカです。(大いに拍手)

でもね、こんなバカが今の世の中には必要なんです。
いいですか、皆さん4月12日の投票日には義理と人情の昭和の男
”アームストロング・オズマ加藤孝司”に入れて下さいよ!!
いま、アームストロング・オズマで笑ったそこのお父さん、昭和ですね~!!

以上!!

ファイル 2125-1.jpg日本の未来は明るいぜよ!!

よくもまぁ・・・・・。

もう大分前の話しですが、都市伝説(地元では町伝説か?)で”口裂け女”とうのが
流行りました。

あたくしたちの町では、赤いコートを着て、髪が長くマスクをした女が「私、キレイ?」と聞き、
「キレイ」と応えると、「これでも?」とマスクを取ると耳まで口が裂けた顔が目の前に
現れると・・・・・。

で、結局はその後にどのような展開になるのか?は定かではありません。
自称、「俺は桂沢公園で会った!」と言う、先輩は「チャリンコで必死で逃げて来たんだ!!」
と、言っていましたけど・・・・・。
ファイル 2124-2.jpgこんなの。

人によれば、「どこまでも追いかけて来る。」とか、「包丁を持っていて切りつけられる。」とか、
中には「キレイじゃない!と言えば、許してもらえる。」と、色々な話しが飛び交って
おりました。子供心に「もし、口裂け女に会ったらどうする?」と真剣に話し合ったものです。

なぜ、このような話しになったかと言いますと、
ライブドアニュースを見ていると、現代の口裂け女は人前に出て「私、キレイ?」と
いうようなアナログではなく、SNSを使って「私、キレイ?」と同時に数百人の
人に聞くことが出来きて、さしずめ現代っぽく「いいね!」と返すそうです。↓
ファイル 2124-1.jpgもし、この人が噂の”口裂け女”だとしたら、きっと自ら探し求めると思います。。。。。

追記 人面魚って、どこにいるんですか?

月・火・水・木・金。

さぁ、なんでしょうか?
そう、答は月曜日から金曜日までお酒を飲みませんでした!
(言うのかい!)

で、土曜日に友人の"アッキ"がライヴをやるというので・・・・・。

結果、土曜日で5日間飲まなかった分のアルコールがチャラになり、
日曜日では完全に抜き去って、二日分くらいマイナス!(笑)

まるで、日頃お金がないやつが、パチンコをして勝ってしまい、
気が大きくなり、そのあぶく銭で飲みに行き、逆に飲み代をツケにして
帰って来る感じです!!(笑)

ダメだこりゃ。。。。。

ファイル 2123-1.jpg中3相手に真剣に腕相撲をやってる、48歳酔っぱらいの図。

ファイル 2123-2.jpg現在、自家製”こまい”を作っております。
消費、賞味期限が4月1日でしたが、塩もみして冷蔵庫や扇風機で乾燥させて
いるのでなんとかなるでしょう!明日、ヤスに食べさせてから判断しますが・・・・・。
ファイル 2123-3.jpg

悔しいけど、アメリカは格好いいよね。

なぜか、物心ついた時には”アメリカ”に憧れておりました。
きっと、テレビや映画、巷にあふれていた物が”アメリカン”だったからでしょうか。

小学校生のフィールドワークで野幌の百年記念塔だかに行った時に、
外国人を見て、あたくしを含む十数人程の小学生が一斉に近寄って
なぜか?サインなどをねだっておりました。(単なる観光客でしたけどね)

まぁ、確かに山間の炭鉱町ではテレビや映画・雑誌以外では外国人なんて見たことも、
ましてや触れたこともないので、もの凄く舞い上がってしまっていたのでしょうね。

唯一、コカ・コーラ主催のアメリカンヨーヨーチャンピオンとか言って「イ・ヌ・ノ・サンポ〜」とか、
言ってた国籍不明の外人位でした。

今にして思えば、占領軍の洗脳政策にまんまとはまってしまっていたんですね。(笑)

”きみまろ”さんではないけど、「あれから40年!」が経ち色々と事実を知って行くと、
「ぜいぶんと日本に舐めたことをしてくれたな!!」と、今さらながらに頭に来ますが、
どこかの民族と違い、大和民族は根に持ちませんので。(笑)

でもね、比較にならないほどの国力とガチンコで戦い、日本を守って頂いた当時の
方々には心より感謝いたしますよ・・・・・。

けど、何だかんだと言っても”アメリカ”って格好いいですよね。
今でもそうですが、経済力も軍事力も比較にならないし、あれだけの多種多様な
民族がひしめき合って”アメリカンドリーム”を夢見て、今日に至っているんすよね。

なので、運動会が嫌で家出を考えた時には真剣に貨物船に忍び込みフェリーで
アメリカへ行き、テレビや映画に出て来るようなアメリカ人と結婚しようと思ってました。(笑)

また、二十歳前後には横浜や横須賀に憧れ、海の見える丘に住んで
港を行きかうフェリーやかもめを眺めながら暮らそうと。(行ったこともないくせに)

”アメカジ(アメリカンカジュアル)”な文化で育ち、悔しいけど、やっぱ格好いいな〜と。

この人の曲を聴くと、
そんな横浜本牧・横須賀に憧れていた時代を思い出すんですよね。。。。。。

追記 ファイル 2122-1.jpg今日は、”あっき”のライブに行って来ます!
今度、”寺”も行こうな!!

雨の日と・・・・・。

今日の札幌は雨風が強い日です。
出掛けに靴を履き、いざ!と思い、傘を持ったつもりがさっき靴を履く時に
使っていた”靴べら”を持っておりました!(中年性健忘症、若年ではないので)
ファイル 2121-1.jpg昔、”祥子”のディズニーランドみやげで「本部長に似てるので」と。(?)

そう言えば、高1の帰り道に今日のような雨が降っていて、あたくしともう一人が傘を
さして歩いていると、いきなり3年生があたくしたちの傘に無理やり入って来て
「どうせ、お前ら髪だけ濡れなければいいんだべ」と、あたくしは文字通り頭の部分だけ
傘に入れた状態で学ランは濡れ放題でした!(笑)

でも、その先輩の言っていることは200%当っている訳で。(なんで、口調が純くんなんだよ)
ファイル 2121-5.jpg

そうなんです、あたくしたち(特にあたくし)は自慢の、いや、当時世界一”リーゼント”が
似合うと呼ばれた(自称ですが)セットだけ崩れなければ、万事OK!なのでした。

そんなことを思い出しながら、で、もうすぐ事務所へ着く石山通りの交差点で傘が!↓
ファイル 2121-2.jpg木っ端みじんこ。(泣)

高校生の頃なら、絶対に許されないことで、直ぐに近くの友人の傘の下に潜り込んでいました。
いま、やったら完全におかしな野郎です。(普通におかしいですが)

それなりに生きてると、様々な経験が出来てイイですね。

追記 本日、”細川家”からこのような物が届きました。↓
ファイル 2121-3.jpg積丹(シャコタン)で獲れた”甘エビ(デカイ)”
で、こっちが↓
ファイル 2121-4.jpg”甘エビの沖漬”(見ずらい?)

今日は限定で”甘エビ”がありますので、”てまひま”と”まるふじ”で
提供させていただきます!新鮮なので刺身もいいですが、それ以外にも
何かやると思います。(まるふじは”紹興酒漬け”にもするとか)

”中川”や”経田チーフ”が宣伝すると思いますが、限りなく怪しいので、ここで。

新年度初の嵐の金曜日なりましたが、皆さんのお越しを待ってま~す!!(軽ッ!)

”てまひま”

”まるふじ”

  • 丸か加藤商店スタッフブログ
  • 丸かの前進!前進!トップギア!!-加藤商店のブログ-