この数字は、私が東一条9号4舎の木造炭鉱住宅から7丁目の「改良住宅」へ移り住んだ時の住宅の番号です。
木造の炭住の頃は石炭を焚いていましたが、改良住宅になると灯油ストーブに。
木造の炭住は冬支度のために窓に外からビニールを覆って隙間風が入らない工夫をしてました。(寒かったけど)
改良住宅ではサッシになり、そんなことをしなくても十分暖かい家になりました。

まぁ、どっちも風呂はなく「炭鉱風呂」へ入りに行っていたのは変わりないんですけどね。
今にして思えば、「炭鉱風呂」のおかげで学校以外で会える貴重な場所だったんだと思います。
木造の炭住も改良住宅もどっちも無くなっています。
芦別へ帰るたびに住んでいた「改良住宅」の横を通って7丁目にある「お地蔵さん」にお参りしてから、
ホルモンを食べに「三千里」へ向かうのですが、その途中に「桜が丘霊園」があり、おじさんのお墓を参るのです。
昨年は“芦別”へ行けませんでしたが、今年は久々に行って来ようと思います。
更地になった改良住宅跡地ですが、何となく懐かしさを感じつつ「お地蔵さん」(が、あれば)を参って、
桜が丘のおじさんにも参って、「三千里」郷里のホルモンを堪能してきます。
月に一度の発信になりますが、今年も“想い出のあとに”をよろしくお願いいたします。
