中学の社会科の先生で野球部の顧問の「竹村先生」が居ました。
いつも酒臭くて赤ら顔、色付きの眼鏡を掛けてホウキの柄を持ち歩いていました。
函館出身で少し訛っていて、腰が悪いので年中ジャージに長靴。
私は二つ上に兄貴が居て、「竹村先生」から可愛がってもらっていたので、
「ちゃんのおんじ」と言われてましたね。
野球部の顧問で中々厳しく、それに比例してもともと強い野球部は安定の強さを維持してました。
けど、今なら完全にアウトですが、ノックをする時に「いくぞ!インド!!」とかと色の黒い生徒をそのように言ってました。(笑)
一度、私、中3のこの時期に近所の「こばと」と言う床屋さんで、自分でもびっくりするくらいのリーゼント(アイパーを掛けて)にしてもらいました。
きっと、自分ではセットは難しいので、崩れないように仰向けや髪ではなく耳に手を当てて眠ったような眠れなかったような。(笑)
学校へ行くと、あまりにも決まりすぎて周囲もびっくりしていました。(本人は恥ずかしい)
で、「竹村先生」の社会科の授業になり、教室に入って来て「規律」→「礼」→「着席」をした途端に、私の方へつかつかと歩み寄って来て、
持ち歩いているホウキの柄であたくしの渾身のリーゼントをパンパンしながら「明日までに直して来いよ」と。
隣の席の女子生徒の「めっちゃん」は、「もったいなね~」と。
きっと、あたくしも注意されたことと恥ずかしさで顔が赤くなっていたと思います。
で、翌日からは自分でセットをするとそこまでの派手なリーゼントではなく、「ナチュラルリーゼント」だったので助かりました。
でも、その辺りからは周りの同級生はリーゼントやパンチパーマ、女子は「聖子ちゃんカット」になって行きましたね。(笑)

ちょうど流行りだした時期ね。(笑)
きっと、もう亡くなってると思うけど、素敵な先生たちがいっぱいいました。