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ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』(La lutte pour l'etendard de la Bataille d'Anghiari)へのオマージュ」

1755年の創業以来、ヴァシュロン・コンスタンタンスーパーコピー 時計は、芸術と文化を非常に重要視してきました。2019年に始まったルーヴル美術館とのパートナーシップは、遺産の保護と継承への絶え間ない関心とメゾンによる美の礼賛を示すものです。

ルーヴル美術館連帯プロジェクトのために2020年12月に催された“Bid for the Louvre”において、カスタマイズ可能な「レ・キャビノティエ」のタイムピースがオークションにかけられました。それは“A masterpiece on the wrist「あなたの腕に傑作を」”と銘打った顧客向けの新たなオファーの始まりを告げるものになります。このオークションの落札者は、ルーヴル美術館の学芸員やヴァシュロン・コンスタンタンの熟練職人たちとの打合せのために、美術館やマニュファクチュールをプライベートで訪問し、豊富な知見を得ました。2年間の冒険を経て、1点もののユニークピース「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』(La lutte pour l'etendard de la Bataille d'Anghiari)へのオマージュ」が誕生しました。ミニアチュール・エナメルでダイヤルに忠実に再現されているのは、まさにピーテル・パウル・ルーベンスを通じて有名になった絵画です。

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2021年、ヴァシュロン・コンスタンタンと名門美術館のコラボレーションは、それぞれの熟練職人の作業を並行して紹介する一連のビデオを通じて両組織の工房を探訪する機会を提供しました。これに続いて2022年にはルーヴル美術館の古代のコレクションから着想した4つの時計、すなわち「メティエ・ダール - 偉大な文明へ敬意を表して -」を発表しました。そして2023年、両者のコラボレーションはさらに拡大し、“A masterpiece on the wrist”と銘打った新しい「レ・キャビノティエ」の提案へと発展し、顧客はルーヴル美術館所蔵の芸術作品の中から選んだ作品を、時計のダイヤルにエナメルで再現したユニークピースを制作できるようになります。

VACHERON CONSTANTIN(ヴァシュロン・コンスタンタン) 2023新作 ヴァシュロン・コンスタンタンとルーヴル美術館が結ぶ文化と芸術のパートナーシップの新たな展開。ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』(La lutte pour l'etendard de la Bataille d'Anghiari)へのオマージュ」
長期に及ぶパートナーシップ

 ヴァシュロン・コンスタンタンは2016年に、ヴェルサイユ・トリアノン宮殿国立博物館からルーヴル美術館に預けられた18世紀の主要な精密時計で、1754年にフランス王ルイ15世に献呈された『天地創造』と題する時計の修復を支援し、その後2019年にルーヴル美術館とパートナーシップを締結しました。このコラボレーションには、歴史や文化、遺産の継承に対して同じく敬意を払う両組織の姿勢が反映されています。そして2023年、ヴァシュロン・コンスタンタンはこの重要なパートナーシップの継続を発表しました。

 ヴァシュロン・コンスタンタンのCEOルイ・フェルラは、こう語ります。「今回の両者のコラボレーションを熱烈に歓迎します。数世紀に及ぶ歴史をもつ一方で、21世紀にしっかりと根差しています。それは、芸術と高級時計の分野の知識を持つ一般の愛好家たちの間で好評をもって迎えられていることからも明らかです。私たちのメゾンは、芸術への取り組みや文化に対する支援活動のどちらにおいても長年に渡って際立った存在でした。ルーヴル美術館とともに、私たちの得意分野や途方もない夢の分野で協力しながら、極めて有望な両者の歴史を築いていくのです」。

 1793年の開館以来、ルーヴル美術館は、私たちがよく知る歴史遺産の最高傑作を展示する場としてだけでなく、各時代の独創的な才人たちにとっての拠点にもなってきました。そして、長期的な展望をもって過去と現代のアーティストたちとの間にある素晴らしい対話に取り組む点でもヴァシュロン・コンスタンタンと共通しています。

 ルーヴル美術館の館長ローランス・デ・カールは次のように語っています。「私は、両者によるコラボレーションを喜ばしく思います。私たちのチームとの実り多い交流が活発になり、美に仕えたいという願いを共に抱く点も特徴です。啓蒙主義時代に誕生した両者は、芸術や遺産、先祖代々受け継がれる職人技を大切にし、それらを後世に継承する使命を担っていることでも共通しています。また両者は、歴史にしっかりと根差しながら、今の新しい世界に対してもオープンな姿勢を貫いています」。

 ルーヴル美術館とのパートナーシップは、ヴァシュロン・コンスタンタンの文化的な取り組みを裏付けるものであり、数世紀もの歴史を重ね、世界的に有名な組織における広範な分野で決定的に重要なのは、公式記録の保存と維持、そして修復です。壮麗な過去とのつながりを保ち、専門知識の伝達を大切にすることはまた、ヴァシュロン・コンスタンタンのみならずルーヴル美術館の活動にとっても不可欠な卓越した技術への深い敬意の表明に他なりません。


2020年に開催されたオークション“BID FOR THE LOUVRE”の驚くべき物語

 2020年12月、ヴァシュロン・コンスタンタンは、ルーヴル美術館の幅広い教育的なワークショップのプロジェクトを支援するためにこのオークションに参加し、売上げの全額を「Le Studio(ル・ストゥディオ)」に寄付しました。ル・ストゥディオは、あらゆる人に解放され、発見をもたらす場で、人々に美術館と収蔵品に親しんでもらうことを目指し、さまざまな造形芸術の技法を紹介する活動なども行っています。そうした考えからヴァシュロン・コンスタンタンは、落札者自身が選んだルーヴル美術館所蔵の芸術作品を時計のダイヤルにミニアチュール・エナメルやグリザイユ・エナメルで再現するという、まさに1点ものの「レ・キャビノティエ」を提供するまたとない体験です。落札者はまた、ルーヴル美術館の専門家に案内されながら、ダイヤルに再現する作品を決めるために美術館や、キャビネ・デ・デッサン(版画・素描閲覧室)をプライベート訪問しました。閲覧室は予約制で一般公開されていますが、落札者によって最終的に選ばれた原画「ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』(La lutte pour l'etendard de la Bataille d'Anghiari )」はこの部屋に保管されています。

「この作品は、人物や馬の力強い姿がインクなどによる同系色の淡い塗り重ねやセピアのソフトなタッチとコントラストを成して並外れたボリューム感を生み出している」とヴァシュロン・コンスタンタンの熟練のエナメル職人は語ります。

 このピーテル・パウル・ルーベンスの絵には、驚くべき歴史背景があります。17世紀初頭にイタリアに滞在したこのフランドルの画家は、『アンギアーリの戦い』を描いた素描を手に入れ、それにインクやチョーク、水彩で加筆したと伝えられています。もともと『アンギアーリの戦い』は、レオナルド・ダ・ヴィンチがフィレンツェ政庁舎の大会議室(後のヴェッキオ宮殿)を飾るために依頼された大壁画でした。巨匠の傑作のひとつに数えられるこの巨大壁画は、ローマ教皇エウゲニウス4世とヴェネツィア、フィレンツェの軍勢がミラノ公国軍に勝利したことを祝うために描かれたのですが、レオナルド・ダ・ヴィンチは1506年に途中で完成を諦め、壁画は急速に劣化しました。実際に16世紀半ばにはなにも残っておらず、大会議室はコジモ1世公爵から要請を受けたジョルジョ・ヴァザーリによって改装され、現在の500大広間になりました。そして壁はメディチ家の偉業を称える新たな絵画で飾られました。では、『アンギアーリの戦い』の跡は、ヴァザーリの描いたフレスコ画の下に保存されたままになっているのでしょうか? 今日までそれを証明するものはありません。ヴァザーリが描いた『マルチアーノの戦い』の背後にもとの絵が存在するかもしれないという説もありますが、証明には成功していません。

 炭素の含有を調べる赤外線反射率測定法でこのルーヴル美術館の素描を分析すると、レオナルド・ダ・ヴィンチによる巨大な壁画『アンギアーリの戦い』の下絵を模写した作者不詳の素描にルーベンスが加筆した痕跡が確認されました。

VACHERON CONSTANTIN(ヴァシュロン・コンスタンタン) 2023新作 ヴァシュロン・コンスタンタンとルーヴル美術館が結ぶ文化と芸術のパートナーシップの新たな展開。ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』(La lutte pour l'etendard de la Bataille d'Anghiari)へのオマージュ」
レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』(La lutte pour l'etendard de la Bataille d'Anghiari)へのオマージュ

「インクとペンで描かれた素描を直径3.3cmのダイヤルに再現するのは本当に挑戦を強いられる。絵としての力強いタッチを保ちながら、どのレベルまで微細に描くかを見極めるために作品に入り込み、それを自分のものにしなくてはならない」とヴァシュロン・コンスタンタンの熟練エナメル職人は語ります。

 彼は、実績豊かな自らの熟練技術とヴァシュロン・コンスタンタンのメティエ・ダール工房で広く行われている創作の自由により、斬新で革新的なアプローチに挑むことができました。元の絵画に敬意を払うにはジュネーブのミニアチュール・ペインティングが最適な方法なのは当初から明らかでしたが、熟練エナメル職人は、伝統的な技法の幅を広げ、一般的にグリザイユ・エナメルに用いられるリモージュ・ホワイトを組み合わせることにしました。これは彼のスペシャリティのひとつで、そこに自身の経験に基づくアプローチが生かされます。そして、この技術を30年も実践してきた今でもなお、多種多様な可能性を試しています。いくつもの道具を使って作業し、エナメル錬金術に宿る多くの秘密を利用しながら、職人は、3、4本の硬い毛の付いた筆や尖った道具、サボテンの棘などを用いました。ジュネーブに古くから伝わるミニアチュール・エナメルの技法は、ガラス質になったエナメルの層に無色透明の最終的な保護を加えることで、職人の作品に輝きと奥行きが生まれます。このタイムピースでは、グリザイユ・エナメルが独自の解釈で用いられました。というのも、エナメルの熟練職人は、馬のたてがみの立体感や動きを一段と引き立てるために、リモージュ・ホワイトでその奥行き感を強調したいと考えたからです。

 モチーフの細部を線で描いて明確にした後で、ダイヤルの輪郭が描かれました。ルーベンスの素描に描かれた非常に微妙なタッチの明るさや陰影、ハーフトーンをすべてとらえて再現するために何段階もの連続した作業を要しました。そこで熟練エナメル職人は、ブラウン、グレーブラウン、セピアブラウン、クリームブラウンなど20種類もの色調を用い、摂氏900度の窯で何度も焼成し、かなりの回数を費やして変化を加えていきました。最初の層は、後に続く焼成で最初の色が変化しないように、ガラス質に変化し始める程度に非常に軽く焼成します。

 ヴァシュロン・コンスタンタンの熟練エナメル職人は「私たちは勘を頼りに作業をしています」連続する20回の焼成には、実際に火を熟知していることが必要だと述べます。何世紀にも渡る職人たちのやりとりの中で、彼は、原画の描写や特徴を保持しながら入り組んだ微小な細部をまったく同じようにどこまでも再現するアートワークを注意深く作り出すために、リモージュで長年実践された技から生まれたグリザイユ・エナメルで培った専門技術を利用しました。前例がないほど実に見事に実践されたミニアチュール・エナメルとグリザイユ・エナメルの組み合わせが、ルーヴルの東側ファサードを彫金で描写した特徴的なローターが備わる自社製キャリバー2460 SCで駆動するタイムピースを生み出し、前例のない傑作と言えるでしょう。

 267年以上にわたってメゾンで代々受け継がれてきた彫金の卓越した職人技は、この18K(5N)ピンクゴールドのケースにも発揮され、17世紀の“Cerca Trova”のカリグラフィーが刻まれたオフィサータイプのケースバックによって時計が芸術作品の域に高められました。ヴァシュロン・コンスタンタンの熟練の彫金師は、「高級時計製造における彫金は、高級時計製造おいて、特別な味わいをもたらすのです」と語ります。

 現在ヴァザーリのフレスコ画に書かれたCerca Trova(探せ、されば見つからん)という題辞は、レオナルド・ダ・ヴィンチの失われた『アンギアーリの戦い』に関連しているのではなく、コジモ・デ・メディチが争ってきたフィレンツェやシエナ、フランスの敵人たちを見下したモットーなのでした。


ルーヴル美術館とのパートナーシップに基づく“MASTERPIECE ON YOUR WRIST”という新たな体験

 ヴァシュロン・コンスタンタンは、「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』(La lutte pour l'etendard de la Bataille d'Anghiari )へのオマージュ」の購入者が体験した、ルーヴル美術館の舞台裏や作業場を体験できる機会を顧客に提供します。

 この新しい“A masterpiece on your wrist”は、ルーヴル美術館に所蔵されている作品の中から、購入者が選んだ作品をエナメルで再現したダイヤルを持つ、ユニークピースを製作するというものです。これらの作品のほとんどは展示されていませんが、再現された作品に対してルーヴル美術館から真正証明書が発行されます。さらにこの体験には、美術館の専門家によるプライベートツアーと、ヴァシュロン・コンスタンタンのマニュファクチュールのプライベートツアーも含まれ、熟練の時計職人や工芸職人たちとの出会いも用意されています。

 このようにヴァシュロン・コンスタンタンスーパーコピーは、啓蒙主義時代のキャビノティエたちが築いた偉大な伝統や、1755年9月17日にジャン=マルク・ヴァシュロンがジュネーブで一人の若い時計職人を最初の見習いとして雇い入れる徒弟契約書に署名したことで始まったメゾンの伝統を現代的な方法で継承し続けているのです。当時のジュネーブの職人たちは、屋根裏部屋で作業をしていました。日差しをたっぷり取り込むために部屋のフロアは街路に迫り出し「ドーム」と呼ばれ、こうしたキャビネットに由来して、彼らはキャビノティエと呼ばれるようになりました。そしてこの呼称には、職人が作る物に対して途方もなく困難なアプローチを課すことを義務とする意味が定着したのです。