じゃないの?いくら、世の中がSNSだAIだとか多様化だとかと言ってもさ、やっぱ「義理と人情」なんじゃないって大事だよね?って話ね。
その昔、「一宿一飯の恩義(義理)」というのがあって、博徒(ばくと)が博打で旅回りをして、旅先で一泊でも泊めてもらい、一食でも食事をお世話してもらったならば、もし、その一家(組)が他所と揉めごとになれば、命懸けで真っ先に乗り込むほど、それだけの「恩と義理」を返すって意味なんですね
たった、一晩と食事で?と思うかも知れませんが、それは「宿泊とか食事」と言う形の問題ではなく、どこの馬の骨とも分からない人物をリスク覚悟でお世話をすると言う「気持ち」の問題なんですね。そこまで信用してくれて泊めさせてもらい食事も出してくれたことへ恩と義理返しね。
また「人情」は人としての情けに篤い人。上記の「義理」に関しては博徒(まぁ、ヤクザね)の例を上げましたが、あたくしは一般社会において今のように顔を見なくても、声を聞かなくてもSNSなどで事が済まされますが、生きて行く上でも仕事をする上でも「義理と人情」はベースにないと行けないと思うのです。

このような本が出てるくらいですからね。
広い意味での義理と人情は「守るべき正しい道として他人を思いやること、立場上や付き合いで情けをかけること」を意味する言葉です。他者に対して、損得を優先せず温かみのある対応ができる人のこと」と。素晴らしいですね。
人間なので「損得や利害関係」は意識しますよね。もちろん、あたくしも意識しますよ。ただ、それは主に金銭的なことが多いのですが、自身の生き方としては、きっと皆さんも経験あると思うのですが「別に見て見ぬふりしてもいいし、自分がやらなくてもいいんだけど、人としてやらざる得なかったんだよね」と言うのねがさ。

その時は損と言うか、面倒なことに巻き込まれたり時間を取られることで「散々な目」にあうけど、後々、「見て見ぬふりしたな〜」と後味の悪い思いを残すよりは、人として「正しいこと」をしたと言う自負は残りますよね。(ちょっぴり後悔することもあるけど)
なんかさ、最近はねいい歳した大人でも「見て見ぬふり」だったり、人が困っていても素通りしたりって多いよなとね。だからと言って、その人を責めるとかではなく、何だか「日本人の大事な部分が薄れて行くな~」と思う今日この頃でした。
追記 本日は「一条まるふじ」以外の4店舗が早くから営業していますので!!
「あいつは義理堅いヤツだよな」とか「やつは人情に篤いヤツなのさ」と言われる人の多くは、やはり人の上に立ってる人やリーダーシップを発揮してる人に多いんですよね。
さぁ、気分を変えて!!