「にんにく唐がらし」の”しょうや”がね、「無駄なことはしたくない」主義らしいんだって。(すーさん談)
どこまでのことを言ってるのかは分からないけど、あたくしはさ、一見無駄なことでも後々になって
それが良い経験となってることって無限にあるんだよね。
なんなら、あたくしなんて要領が悪いので無駄を三回重ねてからようやく本チャンってのいーっぱいあるもんね。
しかも、その本チャンだって殆ど上手く行かない。
でもね、結果「無駄」でも「上手く」行かなくても、それに至るまでに考えたり、話し合ったり、試したりしたことって、とーっても貴重な経験なんよね。
だって、例えそれらが失敗しても、次からは同じようなことをしなければ時短になってるしね。(それが知識ってやつ)
最初は、何も分からないから「0」からだけど、一度失敗したら「0」ではなく「4」位から始まるし、
「あっ、このパターンはダメなやつだな」と思えば、直ぐに修正できるしね。
漢方薬で有名な”ツムラ”の「加藤照和」社長は、
「真剣に向き合ったものに 何一つ無駄なものはない」って言ってるけど、ホントそうだと思う。(さすが、”加藤姓”です)
ダラダラとやってるのとは違い、真剣にやったことは「無駄」にならないんだよね。
努力がすべて報われるとは限らないけど、決して裏切らないのと同じ。
”しょうや”は、物腰が柔らかくてあたくしにように警戒されないし会話もスムーズに行けるから、もっと積極的にチャレンジする方が為になるよね。
最近は、着実に”丸か加藤商店”らしくなって来かなと。(笑)
あとさ、「信用は築くのに時間がかかるが、失うのは一瞬」って言うじゃない。
「欽ちゃん支店」の”白木”がそれね。
「賽(さい)の河原」って聞いたことあると思うけど、どこにあるかと言うと「三途の川」の手前。
仏教では、賽の河原にいる子供達は、現世にいる親のために「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」とつぶやきながら石を積んでるって。
親よりも先に亡くなることは親を苦しめることになるから。
だから、親より先に死んだ子供はそれを償うために、その「賽の河原」で現世の親のために石を毎日朝6時間、昼6時間の計12時間積み上げてんの。
一所懸命に石を積み上げます。が、どんなに石を積み上げても鬼がやって来て蹴とばして壊します。

それを来る日も来る日も続けるのです。(鬼め!!鬼か。)
親が子供の死を悲しみ苦しんでいる間は、子供は賽の河原で石を積み上げ続けなければならないんだとか。(切ない)
まぁ、あたくしから言わせると、誰も先に死にたくて死んだわけではないのに、随分と理不尽で情のないことを言うよなと思うよね。
あたくしなら完全にブチ切れて、その石を思いっきり鬼にぶつけるか、石で顔面を殴りますけどね。(お前が鬼だろ)
話を元に戻しますが、”白木”はせっかく努力して信用と言う石を積み上げても、ヤツは鬼ではなく自分自身で壊してしまうんですね。
”白木”は、真面目なアホな所が面白いんだけど、本当に人の話を素直に聞けない頭の固さと理解力がないので、何度も聞く素直さと感謝の気持ちを言葉と態度にすること。
「無駄な努力」と言い放つのも、「信用を自分で壊す」のも”もったいない”からね。
追記 しかし、あたくしも含めて完璧な人間なんていないのも事実なのどえす!!
別に皆、さぼってるとか怠けてはないし、日々、店の営業で中々余裕がないのもあるんよね。
ついつい、先の事よりも「今」になってるんだと思う。(かな?)

そうなのか!?

”ひなちゃん”、美味しかったわ。(お母さんの職場で売ってる大福)



