よく、「どんな”生き様”をして行こうか」や「どんな”死に様”にしたいか」などと思ってて、
部下ともそのような話をしましたね。
最初は「生き様」を語ってたんだけど、
ある時に、「ん?最終目的が“死に樣”ならば理想的な”死に様”のためには、
今とこれからの”生き様”が物凄く関わっていくよな?」と。
そう考えると、“生き様”⇒“死に樣”ではなく、
“生き様”⇔“死に樣”じゃネッ!?っと。
楽な方ばかりにも行けないし、
おいそれと逃げも出来ないし、
もちろん安易な妥協も出来ないよね。
だからと言って、「完璧」な日々なんて到底ムリ。
酒飲んでぐだを撒くし、
短パラで罵詈雑言を浴びせ、モノに八つ当たりするし手も出るしね。
ただね、ズルいことや人を騙すことはしない。
そして、
「人との関わりを大切にし、上辺じゃなく本質を語り 人間の成長のためには一所懸命に努力する。」
は、本気で思いやってるんだよね、自分では。
た・だ、本気で真剣なだけに、ちょいと行き過ぎてしまうのは認める。(素直か!)
追記 若い時は「死」をもっともっと先だと思ってたけど、その内に身近な人たちの「死」や自分もそれなりの年齢になると、色々と考えます。
でもね、実はここだけの話、
まだ事務所とか店に居る時はいいけど、家で一人でいるともの凄く不安の影が押し寄せてきます。
何に対して?
きっと、これといった目標もなく現状維持に甘んじてる自分の怠慢さと、
働いてくれてるスタッフに夢や希望のある会社にしてやれていない自分に対してさ。
一瞬でこんな堂々とした覚悟を持てるのに憧れます。
そう、こんな一瞬で自分の人生や世界に乾杯できる”生き様”をして来たから、このような格好良い”死に様”が出来るんだよね。

性格が現れてる字体だと?(笑)



