また、一つ想い出の味が消えて行く・・・・・

先日、”パーラー赤シャツ”の社長さんがお亡くなられました。
私自身は”赤シャツ”へ行った時に顔を見るくらいでしたが、私の同級生の お母さんが長年に渡り”赤シャツ”で働いていたので知りました。 (息子さんも同じ高校の一つ上の先輩です)  

”赤シャツ”と言えばラーメンです!
旭川の麺屋さんで働いているおばさんが西芦に来て帰る際には 時間が合えば必ず”赤シャツ”を食べて「美味しい」と言っていました。  

当時の私は喫茶店自体が大人の憩いの場のようで行きづらかったのですが、 それでもラーメンは食べに行きましたし、中学時代には”おもちゃのまつ井”さんへ プラモデルやモデルガンを見に行った帰りに、同級生と緊張しながら入って フルーツパフェなんぞ食べた思い出があります。  

”赤シャツ”の入り口は2ヶ所あって、都通りから入るのと裏?から入る所が あり、私はなぜかいつも”関口楽器店”と”とみや靴店(ここにも同級生のお母さんが 働いていました)”の間の小路から裏の入り口から入っていました。

きっと、子供が行くのに後ろめたい気持ちがあったのだと思いますが、 都通りという表からよりも、飲食店へ繋がっている小路で表ほど人通りのない 裏の方から入っていたんだと思います。  

まぁ、”まつ井”さんから最短距離なのもありますし、”関口楽器店”や”とみや靴店”は 駅前通りに面していた大通だったのもあります。
よく、夏になるとこの道路では歩行者天国などをやっておりました。  

一度、息子さんが跡を継いでいたのですが、10数年前に閉店してしまいました。
色々な話を聞きますが、部外者の私が言うことではないけど赤シャツが継続され なかったのは『残念!』という思いです。  

味を守るだけでも難しいのに、後継者への伝授、そしてその味を守り続けるのは 単に『味』だけではなく、様々な葛藤があったんだと思います・・・・・。  

現在、芦別の名物は「ガタタン」になっておりますが、正直、私としては? と言う感じです。
家族は「食べさせたでしょう」と言いますが、食べた記憶がありません。  

それならば、恵久ちゃんや三千里のホルモンやシンタン、若鳥天狗の鳥焼、 バスターミナルの前にあった尻尾まであんこが入っていたたいやき、そして赤シャツの ラーメン。
これらは全国でも通用するご当地B級グルメだと自信があります。  

あっ、レジャーランドの味噌おでんも美味しかったですね。 もう一つ、三角山の醤油ラーメンも美味しかったです!  

あ~、本当に赤シャツのラーメンが食べられないんですね。。。。。  
芦別物語さんの中に「パーラー赤シャツ」の画像があります。
http://aatama.saloon.jp/f-honcho.html

もう、これを見て懐かしむしかないんですね。   謹んでご冥福をお祈りいたします。。。。。

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