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そう単純なもんではないけどね。

時に自分の考えが正しく、相手の考えが間違ってると決めつけられれば、どれだけ人生はすっきりするんだろうかと。

でも、あいにく人生はそんな単純なもんではないんだよね。生まれた環境も、親も、育てられ方も違うんだからね。

なので、相手も自分と同じだと言う感情を持つことは難しい。

それだから相手を責められないよね簡単には。

だから相手のことを理解して思いやるようにするし、そのような優しさは必要なんだとね。

ただね、その優しさが心を惑わせたり、自分自身や相手を傷つけることもあるのも事実。

人間、時には刺激も必要だからね。

なにげにね、ふと「あれ?俺、いつの間にこんなに年を取ったんだ?」と我ながら半ば呆れ、もう半ば「あと、どのくらい生きられるんだろうか?」などと、どーしようもないことを思う。

若い時ならば、「おい、お前さ”どのくらい生きられるだろうか?”ではなく、”どう生きるか?”だろ!?」と言う思考でいた自分が懐かしさと羨ましさを感じます。

「それが歳を取ったと言うことなんだよ。」などと言われたくもないし、思うのも嫌なんですが、どこかで「現実だよな」ともね。

これを読んでる人で、まさか自分が今の年齢(それぞれのね)になる現実感ってあった?

追記 取り留めのない話でした。

訂正です。「佐藤純」⇒「佐藤純一」でした。(笑)

右側に西18丁目駅の入り口が光ってるので、まだ0時前だけど車が殆どないですね。(って、どこ歩いてんのよ)

その、昔、あたくしが建設業で働いてた時なので19、20歳(38年前かい)の頃、神奈川県の「金沢文庫」と言う所で仕事をしていました。

想い出としては、もの凄く蒸し暑かったと言うことと、午後の一服の為にリボンナポリン(なぜか?売ってた)を取って置いて、いざ飲もうとしたらアリンコが入っていたこととと、洗濯物を初めてコインランドリーでしたこと。

当時、今着てたのを脱いで洗えるように床屋さんで被せてくれるシートみたいなのを先輩と二人で羽織ってマンガの本を読んでいました。

いつか、横浜の高台に住んでやろうと夢見た青年期ね。

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