6月になると、西芦別の小・中学校では”運動会”の時期です。
私は物凄く”運動会”が嫌いで、5月の下旬辺りから運動会の事を考えるとかなり凹んでおりました。
特に小学校の“運動会”が嫌いで、一週間位前から練習なんかが始まるのですが、既に逃げ出したいモード全開!
何が嫌だって“徒競走”が大嫌いだったのです。
理由は単純明快で「足が遅いから」(笑)
あの徒競走の時に順番待ちをしながら“うんこ座り”で待っていると緊張で本当に”うんち”がしたくなったりと・・・・・。
でも、徒競走が終わってしまえば自分が出るのは障害物リレーのような競技と全体遊戯ですので、後は気が楽でした。
もうそうなると、今までの憂鬱なのが嘘のようにカメラを向けられるとピースサインなどをしたり、紅白なるリバーシブルの帽子を縦に紅白をつばさが上になるように半々にして「ウルトラマン!」と言いながら、
なぜか?「ウルトラセブン」の必殺技「アイスラッガー!」の掛け声の下、友人たちに向かって投げては先生に叱られるのでした。
マイム・マイムやジェンカ、それになぜか?全校生徒で行なう「花咲く大地」という遊戯で運動会を閉めるのでした。
しかも「花咲く大地」では自分達で作った手の指に付ける薄い紙で出来た花飾りを付けて踊るのです。
今のように運動会での禁酒なんかはなく、それでなくとも気の荒い炭鉱夫たちはお酒を飲みすぎてお約束のように必ず喧嘩が始まったりも。
「あっ、00のおじさんが喧嘩してるぞ!」
「あれ、お前んとこの親父じゃネーか!?」
可愛そうに子供は下を向いています。でも、中には日常茶飯事なのか全く気にしないで普通に運動会を楽しんでいる子供もいたりと本当に炭鉱町の子供たちは逞しかった。
場所取りは早い者勝ちなので、親達は良い場所を取るのに前の日や深夜から早朝にかけて、杭とヒラヒラのテープで場所取りをしてくれるのです。
思えば”徒競走”が嫌で本気で家出をしてアメリカで暮らそうと、
池下商店で新聞配達のアルバイトをしたけど、辞めるに辞めれなくてそのまま次の年の運動会になってしまいました。(笑)